いまさら やめては だめなのだ

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[829] 人生いろいろ

投稿者: 飛翔こそ蘇生 投稿日:2017年 8月10日(木)06時09分4秒   通報   返信・引用

身なりさん、いつもどうもです。
必要が起きて生かされている。
全部がそうですね。

優れた作家が偉大な人格の持ち主とは限らない。
優れた数学者が冷静な客観視の持ち主とは限らない。
崇高な伝道師、教師でも人間であるときは何をするかはわからない。

数学者の例、

<youtube>3-2. 五次方程式が代数的に解けないわけ
https://www.youtube.com/watch?v=qwYyXtttns0
最初に数学者ガロアの紹介があります。

彼の物語を近年のラノベタイトル風にすると
「私の論文が通らないのは
どう考えても
こくおうが悪い!」だそうです。

私もある意味、
「私の論文が通らないのは
どう考えても
執行部が悪い!」
ということから始まっている部分もある。

「さとり」に関して言うと極端な話
オウム真理教の麻原彰晃が学んだという
ダンテス・ダイジの書籍を見ると
他の悟りを求める方法と比較して外れてはいない。
魅力的ですらある。

オウム真理教があれだけの事件を起こしておきながら
アレフとして存続する信者とは何なのか。

でも立場を変えればもしかしたら
平和思想をこれだけ反故にされておきながら
未だ公明党の支持を止めない学会員の方がおかしいのかもしれない。

物事の見方というのはそれぞれだ。
でもそれだけを言うと、何も始まらないので

そのためのアルベア論
そのための法華経
そのための日蓮仏法
そのための池田先生の指導

それの用い方がある。

最初で最後は「自身の選択」である。

さて、ちょっと俯瞰。
<wiki>宗教一覧
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E6%95%99%E4%B8%80%E8%A6%A7

その全ての覚者は「これ(久遠元初)」を師として悟りを得た。

ここで久遠元初とは「今ここ」の最初の二者関係だ。
最初の気づき、気づいている意識だ。
非二元から、最初の選択なのだ。

「師弟」「主従」「親子」
その最初の選択なのである。

選択によって重きが変わり
思考概念によって歪曲し固定化し閉塞する。

主に仕えることがメインの宗教か
親孝行のような義を重んじる宗教か
師弟の伝達による宗教か。

大元を尋ねれば一つなのだ。

包摂として見るならば、その全部・全体である。

たとえ無宗教という主張であれ
どんなとんでも宗教であれ
この存在の気づきである以上
何者もこれ以外にない。

個別としての絶対完璧は無いけれども
指し示す促しは「これ」なのだ。

どれだけ「これ」そのものかということには
脱個別ということになり

そこにおいて私はいないのである。

まぁ、難しいことは分からなくとも
大笑いできる日がある今を
楽しんでいきましょう。


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