いまさら やめては だめなのだ

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[814] 普賢に優劣無し

投稿者: 飛翔こそ蘇生 投稿日:2017年 7月20日(木)13時14分5秒   通報   返信・引用   編集済

人間に優れているも劣っているも無い。
人間に優劣があるところは
一切衆生が等しく遊楽している所の
自受法楽ではない。

酒・金・女
地位・名誉・人脈
真・善・美

あるものはあるものとして
「ただ女房と酒うちのみて」

無いものは無いものとして
「世間の留難来るとも、とりあへ給うべからず。」

これがあるだけという
このままの真理を理解する賢さといっても

それは瞬間の在り方だけであって
そんな「賢さ」という自分が不変のものとして
在り続けることは無い。

善への心根も、美への感性も
同様である。

今どれだけ関心を持っているか
どれだけ「好き」でやっているのか。

誰かがやってくれるだろうといっても
そんな「誰か」は「仏眼」の上には存在していない。

「誰か」に期待依存している分だけ
「仏力」は閉ざされている。

「仏力」が閉ざされていれば
「法力」は劣化していく。

なぜ「法」が劣化していっているのかに気づけず
あれに期待し、これに依存し
ますます「仏」を見えなくしているのが
創価の現状である。

「好き」だから「真似をしてみる」
ここにおいてストーリーのある意図思惑であっては
結局、そこまでしか現象化しない。

意図思惑の無い
そこにおいて純粋さが開いていく。

自分の賢さではなく
普遍の賢さが開かれる。

東より太陽が昇り
光のエネルギーが届いていくと
世界そのものが無限に賢いという
感謝が輝いているのだ。

自分が賢くなろうとして握りしめてきたものを
手を放し普遍へと返していくのだ。

真実を失うことなく
思い続けることが消える。

思考することのスペックは限られている。
この限定性に個別の自分の物語を見ている。
これの容量や使い方が頭脳という自分の賢さで

法華経を締めくくる「普賢」とは区別される。

普賢とは、頭脳しない方、思わない方の
賢さなのである。

思いを消費しないことによって
この真実がこのままに真実なのである。

留めることなく
留めるものなく
留まるものない。

一瞬一瞬が、ただその在り方である。

囚われを外すのだという思考概念で
囚われは外れない。

頭脳という側は囚われである。
全ての事は普遍の側なのである。

ここへは一種、
言葉としてお題目を並べている。

律動法による「ビリビリ感」の
多角的観察の

瞬間瞬間の掘り起こしの
二者関係のための模索です。

思考することにあるのではなく
あることにあるのです。


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