いまさら やめては だめなのだ

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[813] 都の月をば

投稿者: 飛翔こそ蘇生 投稿日:2017年 7月16日(日)11時13分27秒   通報   返信・引用

「十方とは十界」ということは「道」ということです。

個々別々としては「道の先」に「目的」があり
「どの道をどのように行くか」に境界、違いがあるという
ストーリーの在り方です。

「六道」「四聖道」「八正道
「道を開く」「道を歩む」「道を修める」「道を継ぐ」

絶えず道に流れ通うのが血脈であり
未来にまで流れ通わせるのが広宣流布です。

世界とは
過去・現在・未来という三「世」に渡って
十方に十界という境「界」が在るという相です。

済度と言って渡され済んでも
世界は世界として三世十方の法界です。

此岸と彼岸は振り返れば同じという非二元です。
全ての道は今ここへ繋がっていて
全ての道は今ここから繋がっていて
全ての世界には今ここしか無くて
全ての今ここには特定の永遠無限の個別は無い。

異時異所でありながら同時同所である二而不二。

思考概念では妙法はパラドックス化する。

藤子不二雄の作品にSF短編シリーズがある。
普通はSFとはサイエンス・フィクションであるが
藤子不二雄は「すこしふしぎ」と当てている。

視点によって現れる不思議によって
概念が揺らぐ衝撃が起こる。
http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20130227

それは「すこし」という適度なところで
ストーリー化されている。

妙法は不思議そのもので違いを持たない。

十方世界には十方微塵世界・三千大千世界
というような数限りない境界・差別の世界があり
http://tobifudo.jp/newmon/betusekai/jsekai.html

しかもそれは一心の方便であって
今ここに同時同所である。

それぞれを、やるということは「術」であり
それぞれが、あるということが「道」である。

術は独自的な流派となり
道は同一的な在り方となる。

弓道と禅道に同一性の概念もある。
http://www.kajita-m.jp/0002%20matui4manabutanosisa.htm

「中てる弓ではなく、中る弓を引く」
https://www.youtube.com/watch?v=qQPI87-ahy4
木の中に仏が宿る
http://www5b.biglobe.ne.jp/~jurinji/houwa32.html

道を修めることは素直で謙虚です。

道々に道を求める求道から
ただ十法界として在るという救済へ

衆生既信伏 質直意柔軟 一心欲見佛 不自惜身命

妙法を俯瞰するという一心に
素直に柔軟に在って
「自分の道」というそれぞれでなく
修めて皆済され足りている

三世十方は権である。
実がそれらでないならば
今ここを離れて実があるはずがない。

今ここの実相の本来が法華経である。

「これ」

法華経の智慧226
http://sgi-shiteifuni.com/?p=8023


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